恋愛映画で泣けなくなってしまった

私の心を動かす映画は家族ものか動物愛系だけだ

恋愛よりも家族愛に飢えているのかもしれない

映画だけでなく、素敵なご両親と仲良く話す友達を見ているだけで涙が出てしまったことがある

自分ちは案外円満家庭ではなかったのか…?思い返せば入学式とか卒業式は母親だけだった…それは自分が望んでそうしていたのか

父の運転でBMWの天井を開けてまだ小学生の姉と二人で顔を出して夜道を走ったあの記憶は何なんだろう

ウシロヤ公園に蝉の抜け殻採集に行ったり一緒にお風呂に入って九九を先取り勉強したり、父親が大好きだった自分がいたはずなのに

散髪

自分の性がいよいよ分からなくなってしまった
思春期の揺らぎを除いては、男性を好きになってきたし、(と思い込みたい)今だって好きになる人は男性
でもかっこいいと言われた時の快感、かわいいと言われたときのものとは比べ物にならない
前髪をかき上げたり、足を広げて座ったり(集団の記念写真などで「足を閉じて手を重ねてください」は苦痛以外の何者でもない)そういう自分でいたい

久しぶりに

高校のアルバムを見返すと、「女子」を意識的にやっている自分が結構いてなんだか嫌になる(中学のアルバムでは、それはそれは自由に、自分を出していたから、多分これは高校時代の変化)

学年が上がるごとに、客観的に見ても「女子」になっていく様が痛々しい

誰よりも「女子」に憧れていて「女子」になることと個性を殺すことを同一視していたのかもしれない

果たしてこれは自分の意思で目指した姿なのか

あんまり楽しくない飲み会で考えていたこと

言語化できないからアートとして表しているのに、現代アートは説明ありきとか聞くとがっかりしちゃうな(別に飲み会でこの話をしていたわけではない)

なにかを感じてくれよ、なにかしらお前が考えてみろよ、正解みたいなものを求めてくるなよと思う。解釈が作者と違くてもそれはそれで良くて、(というかそれが当たり前で)鑑賞者一人一人対作品で世界観がそれぞれに広がるのがいいと思う。鑑賞者各人の考え含めてアートというか